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ものがたりたがり

戯れに書いた短編小説などなど。

水遊び

うだるような、暑い夏の午後だった。直子がウチワで涼をとっていると、玄関のベルが鳴った。ずいぶんせっかちな鳴らし方に感じられた。少なくとも近所の住人たちは、このような鳴らし方をしない。 宅配便かと思い、重い腰をあげて玄関をあけると、そこに立っ…

釈迦と阿修羅

一 「罪深い」という言葉があるが、罪の深さは地獄の深さに直結する。東洋では大きく8つに分かれ、これを八大地獄、あるいは八熱地獄などと呼ぶ。 地獄では永遠に責め苦が続くわけではないが、蚊を殺した程度の罪でさえ、許されるまでに1兆6653億1250万年も…

ツルトンタン

拝啓。 一つだけ教えて下さい。困っているのです。 私はことし三十三歳です。十年勤めた神田の出版社を辞めて、この夏から六本木の広告会社で働きはじめました。広告会社と申しましてもやっていることは色々で、健康食品も売りますし化粧品も売りますし、占…

葬送

空港に降り立ったとき、彼は思わず口を覆い、目を細めた。 黄砂が街を覆っていた。まともに息を吸えば肺のなかまで冒されそうな気がして、彼はハンカチで口元を隠して呼吸を浅くした。煙のなかに立っているような気分だった。 こんなところで人は暮らしてい…

思い川

四月の半ばの夕暮れどき、墨田川の堤は人もまばらではぐれる心配なんてなかったけど、あんたは黙って私の手を引っ張ってくれました。そうなることを察して左側を歩いていた自分が、少し浅ましく思えました。指輪を外す度胸もないくせに、こうしてあんたの隣…